SYK模型と量子多体系のカオス的振る舞い

Sachdev-Ye-Kitaev(SYK)模型は多数(N個)のフェルミオンが任意の4個の組み合わせについて独立な乱数で与えられる非局所な相互作用をする模型であり、N→∞で厳密に解ける。カオスを特徴づけるリアプノフ指数が、低温で、同時期にMaldacenaらにより提案された「カオスの上限」を実現することなどから、重力理論とホログラフィック対応をもつと考えられる。この模型について、高エネルギー分野の研究者を含む複数の共同研究により、次をはじめとする成果を得た:

  1. 光格子中の冷却気体による実験的な実現方法を考案し、その後の複数の提案に先駆けて発表した[Danshita, Hanada, and Tezuka, PTEP (2017)]。これはホログラフィック対応による量子重力の実験に道を開く成果である。なお、異なる手法によってではあるが、SYK模型の小さなNでの実験が最近実現された[Z. Luo et al., npj Quant. Info. 5, 53 (2019)]。
  2. 大規模な厳密対角化計算により種々の物理量を計算し、特に固有値の相関を特徴づける構造因子(spectral form factor)について、RMTとの対応を定量的に示した[Cotler et al., JHEP (2017)]。
  3. SYK模型のハミルトニアンにフェルミオンのランダムホッピング項を加えた系で、N→∞でのリアプノフ指数を求めるとともに有限のNでのエネルギー準位統計を解析し、摂動による「カオスの上限」からのずれを示した[Garcia-Garcia, Loureiro, Romero-Bermudez, and Tezuka, PRL (2018)]。
  4. カオスの特徴づけに関し、まず大自由度の古典力学系で有限時間のリアプノフスペクトルを解析し、カオスを示すダイナミクスでは時間とともに準位統計がRMTのものに近づくことを提案した[Hanada, Shimada, and Tezuka, PRE (2018)]。そして、リアプノフスペクトルをSYK模型や量子スピン鎖のような量子力学系で求める方法を考案して上記3)の系に適用し、カオス性の有無と、準位統計のRMT的な振る舞いの有無とが対応することを見出した[Gharibyan, Hanada, Swingle, and Tezuka, JHEP (2019)]。

多体量子系の駆動、制御

衝突による散乱過程・引き摺りによる励起

1次元的にトラップされた2成分フェルミ粒子系での、両成分の粒子集団の衝突による散乱過程[Ozaki, Tezuka, and Kawakami, PRA (2012)]および、片方の成分を追加のトラップにより移動させたときの系のエネルギー励起率[Ozaki, Tezuka, and Kawakami, PRA (2015)]について、連続系を離散化してDMRGで扱い、実時間ダイナミクスを計算することで調べた。

量子クエンチ(長距離相互作用の除去)

長距離相互作用により基底状態で凝縮体をもつ1次元系[Lobos, Tezuka, and Garcia-Garcia, PRB (2013)]で、長距離相互作用を瞬間的に除去した後のダイナミクスをDMRGで調べた[Tezuka, Garcia-Garcia, and Cazalilla, PRA (2014)]。

準周期変調を受けた多体系

フェルミペアリングを強める準周期変調

1次元タイトバインディング鎖のサイトエネルギーが準周期的に変調されたAubry-Andre-Harper模型では、変調がバンド幅を上回ると1粒子状態が一斉に局在する。この模型でオンサイトの引力相互作用を考え、相図を得た。ハーフフィルドから離れたフィリングで、引力相互作用があると超伝導相関が支配的となるが、弱い準周期変調はこの超伝導相関を強めること、また、局在転移は、相互作用がないときに比べて弱い変調で起きることを明らかにした[Tezuka and Garcia-Garcia, PRA (2010)]。さらに、冷却原子系での実験を念頭に、この転移点において粒子トラップを除去したクエンチダイナミクスを時間依存DMRGで調べ、粒子の広がりの時間依存性の冪(ランダムウォークとバリスティック伝導の間の値をとる)と、転移点近傍での局在長から求まる臨界指数に関係がつく可能性を提案した[Tezuka and Garcia-Garcia, PRA (2012)]。これらはBasko, Aleiner, Altshulerらの一連の論文(2006, 2007)などを受けて多体局在の研究が世界的に盛んになった時期の初期の研究にあたる。

トポロジカル超伝導体のマヨラナ端状態

1次元トポロジカル超伝導体に準周期変調を加えた場合のマヨラナ端状態の有無を調べ、リエントラントなトポロジカル相転移を含む相図と、粒子間相互作用の効果を明らかにした。論文[Tezuka and Kawakami, PRB (2013)]の図が Phys. Rev. Bの “Kaleidoscope” に選出された。

冷却フェルミオン原子気体

粒子数インバランスフェルミオン気体 : 1次元系での凝縮状態

2つの超微細状態にある異なる個数の原子を、葉巻型トラップ中に捕獲した系で超流動が実現されている。 原子気体は1次元的な閉じ込めも可能であり、2成分に密度差があるとフェルミ運動量がずれるので、運動量の和が0でない2原子がペアを組むFFLO的な超流動の可能性がある。 1次元系での凝縮状態と原子分布を予測することを目的に研究を行った。

1次元の短距離相互作用するフェルミオン系では、空間の離散化が有効である。引力ハバード模型を用い、密度行列繰り込み群(DMRG)により、 調和振動子ポテンシャルのある場合の基底状態での各成分の密度分布と、2体ペア相関関数を計算した。2体波動関数に集積したペアの個数を与える、 2体密度行列(2BDM)の固有値分布も求めた。

1次元系中で引力相互作用する2種の原子について、ペア相関関数と密度差分布はそれぞれFFLO状態で期待される周期で空間的に振動することがわかった。 偏極度が0.2程度を超えると、中央に凝縮体、両端に多数成分のみという相分離が必ず起きることがわかった。さらに、2BDMの固有値分布から、 個数比が10:1程度まで大きくなっても、少数成分の原子のほとんどが凝縮に寄与していることがわかった。

粒子数インバランスフェルミオン気体 : 3次元系でのトラップ形状効果

(掲載予定)

フォノンと結合した相関電子系

ハバード・ホルスタイン模型の相図

超伝導の発現機構の理論としては電子フォノンあるいは電子間の一方の相互作用のみが注目されることが多いが、 現実には両相互作用が強い物質も知られている。電子フォノン、電子間相互作用の共存する典型的な模型として、 同じサイト上で相互作用する電子が、各サイト上の局在フォノンと結合したホルスタイン・ハバード(HH)模型がある。 1次元ハーフフィルドの場合は1970年代より主に解析的手法で研究されてきた。しかし、相図や、超伝導が支配的相関になるかについて結論が分かれていた。 相関関数を数値的に厳密に計算し、距離依存性から1次元ハーフフィルド系の相図を得るとともに、超伝導が支配的になる条件を探ることを目的に研究を行った。

電荷, スピン相関に加えて、超伝導に対応するペア相関の計算を密度行列繰り込み群(DMRG)により初めて行った。 次近接ホッピングの導入及び、サイトあたりの電子数の変更の効果も調べた。DMRGでフォノンを扱うためにJeckelmannらにより提案された擬サイト法を、 電子間相互作用もある系に適用するにあたり収束の困難が生じたが、2種の新たなアルゴリズムを開発し、高速かつ安定に適切な基底を選択して計算した。

ハーフフィルド1本鎖について、いずれのペア相関も電荷の相関より減衰が速く、支配的な相関とならないことを明らかにした。 先行研究との比較から、ペアの相関をも直接見なければ超伝導について誤った結論に至りうることがわかる。2種の相互作用の強さおよびフォノンのエネルギーに 関する相図を得た。さらに、次近接ホッピングやホールのドーピングでバンドの電子・正孔対称性を破ると、超伝導が支配的となりうることを明らかにした。

サイトあたりの状態数の多い系での密度行列繰り込み群の初期化法

(掲載予定)