[ 主な研究テーマ ]

 

単なる計算問題ではなく、実験で見られた物理現象の説明を目的とした研究テーマを取り上げるようにしています。例外もありえますが、現象を説明するという目標が理論研究の一番の driving force となると考えるからです。

以下、最近取り上げている研究テーマについて説明します。

 

 

[ 超伝導渦糸状態 ]

  超伝導の現象論的研究の歴史は古いですが、磁場下の超伝導の基礎理論の構築は '86年の銅酸化物高温超伝導体HTS)の発見を契機に生まれた比較的新しい研究分野です。磁場下にある大抵の超伝導体では、磁場により量子渦糸が多数誘起されるため、超伝導状態にあるか否かは渦糸多体系の相変化という形で表現することもできます。そして、HTSや有機超伝導体など、超伝導揺らぎの強い超伝導体に見られる磁場中現象の理論的説明を通じて、渦糸系が液体、固体(vortex solid) 相や(超伝導物質中の不純物により)グラス相を形成するという形で超伝導体の磁場-温度(H-T)相図は理解される必要があることがわかってきました。題材は素朴ですが、この研究には場の古典論及び量子論、ランダム系の統計物理、ランダウ量子化、流体力学、弾性論などの様々な物理の基礎を総動員することが多く、一度入るとなかなか離れ難い研究対象です。理論解析は、ギンツブルク−ランダウ作用を用いて(ゼロ磁場下超伝導転移のような)2次相転移の臨界現象のくりこみ群解析に相当する作業の応用から出発しますが、微視的電子状態の理解や計算機シミュレーションも時には必要とします。得られる H-T 相図は、教科書等で通常紹介されている Abrikosovの(ランダムネスも超伝導揺らぎも考慮していない)平均場近似理論の相図とは顕著に違っています。

関連論文:

R. Ikeda, [Superconducting Ordering in Vortex States of Clean Type II Superconductors with Pinnings],  J. Phys.Soc.Jpn. 65, 3998-4017 (1996).

R. Ikeda and K. Myojin, [Suppression of the vortex glass transition due to correlated defects with a persistent direction perpendicular to an applied magnetic field],  Phys. Rev. B 69,  180505(R)  (2004).

池田隆介, "固体物理(アグネ技術センター)誌上セミナー '第二種超伝導体の渦糸状態'  第1回 Vol. 32,  369 - 375 (May, 1997);  8 (最終回) Vol. 33,  510 – 522 (June, 1998)

 

[ 量子超伝導揺らぎ ]

 超伝導揺らぎの研究は、上記「超伝導渦糸状態」の研究の出発点にもなっています。例えば、Abrikosov 理論の相図が定性的にさえ正しくないことは、’90頃の磁場下の超伝導揺らぎの研究により明らかにされました。最近では、低温極限の凝縮系の基底状態間の変化(しばしば、量子相転移と言います)のプロトタイプである磁場誘起超伝導―絶縁体転移の半現象論的理論を、低ドープ域の HTS 、有機超伝導体、金属的超伝導薄膜、などを対象に展開しています。例えば、ゼロ磁場転移温度の低い HTS における電気抵抗の異常な振る舞いが、量子揺らぎの仕業であることを明らかにしました。

関連論文:

R. Ikeda, T.Ohmi, and T.Tsuneto, [Theory of Broad Resistive Transition in High Temperature Superconductors under Magnetic Field], J. Phys. Soc. Jpn. 60, 1051 (1991).

R.Ikeda,  [Quantum Superconducting Fluctuations and Dissipation in Vortex States] (an invited review paper)  Int. J. Mod. Phys. B 10, 601-634 (1996).

R. Ikeda, [Fluctuation Effects in Underdoped Cuprate Superconductors under a Magnetic Field] Phys. Rev. B 66, 100511(R) ( 2002)

K. Myojin, R. Ikeda, S. Koikegami, [Numerical Study of quantum vortex phase diagram in two-dimensional superconductors ] Phys. Rev. B 78, 014508 (2008).

 

[ 大きなスピン帯磁率を持つ超伝導体の渦糸状態とFFLO 超伝導 ]

 上記の2つの題材は、磁場下の超伝導の代表的な研究テーマですが、電子スピンへの磁場効果、つまりパウリ常磁性効果を無視しています。多くの物質及び実験環境ではこれで十分ですが、重い電子系超伝導体有機超伝導体では当てはまらない例もあります。最近、電子相関が強く不純物の極めて少ない CeCoIn5 という重い電子系超伝導体の高磁場領域では、温度を下げると Hc2(T) 転移が2次転移的でなく1次転移的になる現象が '01 年に、そしてさらに低温では今までに例のないタイプの2次転移線が '03年に、と相次いで発見されました。'02年後半に当グループでは、パウリ常磁性が強くBCSモデルで記述される超伝導体の磁場中相図の理論をプレプリント等にて公開し、そこで得られた相図が CeCoIn5 の実験的相図と酷似していました。その結果、上記の前例のない2次転移の低温相は40年以上前に予言された空間変調する超伝導相、Fulde-Ferrell-Larkin-OvchinnikovFFLO )状態、が vortex solid 相として実現したものであると認識されるようになっています。’05 年の時点で、渦糸状態としての FFLO 状態の研究は実は新しい題材であり、超伝導の枠を越えて他の量子凝縮系へのインパクトも考えられ、最近では現在研究が盛んになりつつあります。また、この問題は多くの d 波超伝導において見出されている磁場誘起反強磁性量子臨界現象との関連があることが‘08 年頃よりわかってきており、新たな方向への研究の進展が見込まれています。

関連論文: 

H.Adachi and R.Ikeda, [Effects of Pauli paramagnetism on superconducting vortex phase diagram in strong fields],  Phys. Rev. B 68, 184510 (2003).

R.Ikeda and H.Adachi, [Comment on ‘ Fluctuation-Driven First-Order Transition in Pauli-Limited d-Wave Superconductors’ ],  Phys. Rev.  Lett. 95, 269703 (2005).  

N. Hiasa and R. Ikeda, [Instability of square vortex lattice in d-wave superconductors is due to paramagnetic depairing ] Phys. Rev. Lett. 101, 027001 (2008).  

R. Ikeda, [Impurity-induced broadening of the transition to a Fulde-Ferrell-Larkin-Ovchinnikov phase]  Phys. Rev. B 81, 060510(R) (2010).

 

[ 空間反転対称性のない超伝導体における渦糸状態 ]

上記の FFLO 超伝導に関連して近年、磁場下の超伝導に関する興味深い研究対象となっているのが、空間反転対称性のない結晶構造を持ち、それにより大きなスピン・軌道結合(SOC)を持った物質の超伝導状態です。これらの系ではSOCによりフェルミ面がゼロ磁場下においても分裂し、そのためパウリ常磁性が反転対称性を持った物質においてとは全く異なる効き方をします。これは磁場下では直接、渦糸格子構造に反映され、また軌道自由度とも関わってくるため、クーパー対状態が渦糸格子構造に露骨に反映される珍しい現象をもたらすと期待されます。今後、実験的な調査が期待されます。

関連論文

Y. Matsunaga, N.Hiasa, and R. Ikeda,  [ Modulated vortex states in Rashba noncentro-symmetric superconductors]  Phys. Rev. B 78, 220508(R) (2008).

N. Hiasa, T. Saiki, and R. Ikeda, [Vortex lattice structure dependent on pairing symmetry in Rashba superconductors ] Phys. Rev. B 80, 014501 (2009).

 

[ エアロジェル中の超流動ヘリウム3 ]

 3He の超流動状態は、様々なタイプの対称性の破れを実現できる例外的に面白い量子凝縮状態です。それは、対状態(超流動対称性)の決定に結晶構造の役割が支配的な超伝導の場合とは違い、フェルミ面が等方的であるため可能な対状態がほぼ縮退していることの反映であり、同じ理由でエアロジェルという乱れた媒質中にある液体3Heが超流動になると、乱れや異方性により超流動秩序状態自体が変更を受けるという事態が期待されます。例えば、巨視的量子効果の代名詞である位相長距離秩序がエアロジェル中の3次元 3He 量子液体では厳密には実現していないこと、エアロジェルに異方性を外から加えてバルクの系では実現しなかった対状態が出現することなどが期待されます。

関連論文:

K. Aoyama and R. Ikeda, [Pairing States of Superfluid 3He in uniaxially anisotropic Aerogel]  Phys.Rev.B 73, 060504 (2006). 

R. Ikeda and K. Aoyama, [Superfluid 3He in globally isotropic random media]  Phys. Rev. B 79, 064527 (2009).