空間反転対称性の無い超伝導の新規な物性

超伝導状態とは、大雑把に言うと、2つの電子が対を作って形成されたクーパー対のボーズ凝縮状態 のようものです。(”のようなもの”と曖昧な言い方をするのは、 クーパー対のボーズ凝縮という見方が厳密には正しくないからなのですが、 ここでは深入りしません。) 超伝導体の示す種々の物性を決めている重要な要素として、 クーパー対の有する内部構造があります。 その内部構造は、考えている系の対称性から厳しい制約を受けています。

中でも重要な対称性は時間反転対称性空間反転対称性です。

時間反転対称性とは、文字通り、時間の流れを逆転させても不変であるという対称性です。 空間反転対称性とは、我々の住む3次元空間での位置座標を示すベクトルの、大きさを変えずに 符号だけ変えるような変換の元での対称性です。 たとえば、速度や、運動量は空間反転によって大きさは変わらず、向きが逆向きになります。 空間反転対称性が保たれていると、クーパー対の内部構造は、 パリティによって分類することができます。 つまり、クーパー対が 運動量 k および -k を有する2つの電子から成る場合、 空間反転(k → -k と変換)のもとで、クーパー対の波動関数が符号を変えない(偶パリティ)か、 符号を変える(奇パリティ)かで2種類に分類され、各々の物性(特に磁気的性質) は大きく異なります。前者の電子対では、フェルミ統計性から、 波動関数のスピン部分は 

|↑>|↓>-|↓>|↑> 

と、スピン一重項状態になりますが、 後者ではスピン部分は粒子の入れ替えで符号を変えないので、スピン三重項、

|↑>|↑>, |↑>|↓>+|↓>|↑>, |↓>|↓>

となります。 (蛇足:この説明で、空間反転対称性がある場合には、クーパー対が上向きスピンと下向きスピンの 量子力学的重ね合わせであるということは、以下に説明する空間反転対称性が無い場合との 違いを考える上で大事なポイントです。) スピン一重項状態ではスピンの自由度は消失しているのに対して、 スピン三重項状態では、クーパー対が大きさ1のスピンを担っていることになり、 磁気的性質に顕著な違いが生じます。 空間反転対称性を有する通常の超伝導体では、 実現しているクーパー対が偶パリティか、それとも奇パリティか、 という設問はその超伝導の物性を知る上できわめて重要です。 

ところが、空間反転対称性が何らかの理由で破れていると、 上述のようにパリティでクーパー対を分類することはできなくなります。 パリティが破れたクーパー対は一般に、 スピン一重項とスピン三重項が混ぜ合わさった状態になり、 その電磁気的性質も、従来の超伝導の”常識”から逸脱した、かなり風変わりなものになります。

近年、このような空間反転対称性の破れた超伝導体が、海外や国内の研究者によって、 次々と発見されたため、このテーマは大きな注目を浴びつつあります。

空間反転対称性が破れた超伝導は、実際に結晶構造が空間反転対称性を破っている系で実現されます。 図1に空間反転対称性の破れた超伝導体CePt_3Siの結晶構造を示します。 この結晶構造はc軸方向に空間反転対称性を破っており、非対称な位置にある原子 (ここでは特に原子番号の大きいPtが大事です)によって生じた電場勾配(矢印の向き)が スピン軌道相互作用をもたらすことがポイントです。このスピン軌道相互作用は、 電子の形成するフェルミ面を2つに分裂させます。 この様子を図2に示しました。図では、z軸を結晶のc軸方向に取っています。 今の場合(c軸方向に空間反転が破れている)、スピン軌道相互作用によって、 2つに分裂したフェルミ面上で、電子のスピンは図のようにフェルミ運動量とz軸に 直交する方向に整列します。(この図ではスピンの量子化軸がフェルミ運動量とz軸に 垂直な方向に取ってあります) 各々のフェルミ面上で、クーパー対は、運動量kと-k の電子によって形成されます。 このとき、クーパー対を形成する電子のスピンの向きがkによって決まってしまうことに 注意してください。これは、上述の空間反転対称性がある場合のように上向きスピンと 下向きスピンの量子力学的な重ね合わせで対状態を作ることができないことを意味します。 これがパリティの破れたクーパー対の特徴です。

このようにして形成されたクーパー対はスピン一重項とスピン三重項の重ね合わせです。 このことを見るには、クーパー対の波動関数のスピン部分を |→>|←>=(|→>|←>-|←>|→>)/2+(|→>|←>+|←>|→>)/2 と書き換えてやればいいでしょう。 これを模式的に図3に示します。

実は、スピン一重項とスピン三重項の混合というのは、 空間反転対称性の破れた超伝導の示す種々の際だった特徴の一つに過ぎません。

空間反転対称性を破るスピン軌道相互作用が電子のスピンの自由度と 電荷の自由度の間に新しいタイプの結合をもたらすため、それが様々な 新規な電磁気的性質を生み出します。 たとえば、超伝導電流が流れることによって、磁化が生じたり、 逆に磁化が、超伝導電流を誘起したりすることが可能です。 残念ながら、これらの新しいタイプの電磁気的性質の実験的検証は未だなされていませんが、 近い将来、これらが実験で観測されることが期待されています。

空間反転対称性の破れた超伝導の性質に関する理論的研究は、 現実の物質で実現されるよりもはるか以前から進められていて、 基本的なことはかなり分かっています。しかし、それでもなお、 最近でも新たな効果が発見されており、まだまだ進歩し続けています。 また、最近発見された空間反転対称性の破れた超伝導体 CePt_3Si, CeRhSi_3, CeIrSi_3, UIr  などでは超伝導がどのようにして起こっているのか、 その基本的な発現機構は未だ解明されていません。 従来の電子フォノン相互作用による引力ではなく、電子相関が 重要な役割を果たしている可能性があり、若い研究者が取り組むべき興味深い研究テーマです。